第6回 人員削減(リストラ)(6)~実務上の注意点1~

Q:上海市所在の独資企業X社は、生産型企業として、自社工場で製品を製造し販売してきましたが、一向に利益が上がりません。このため、人員削減を実施する方針であり、現在人員削減プランを検討しています。
人員削減時には、法定基準を上回る経済補償金を支払う必要があると聞きますが、必ずそのように支払う必要があるのでしょうか?また、各従業員と個別に交渉を行い、その交渉内容に応じて、経済補償金の額を決定していこうと考えていますが、このような方法で問題ないでしょうか?その他、人員削減の実施にあたって特に準備しておいた方がよいことはあるでしょうか?

A:X社は、特段の事情がない限り、法定基準を上回る経済補償金を支払う必要はなく、むしろ不必要に法定基準を上回る経済補償金を支払うべきではないと考えます。X社は、各従業員と個別に交渉を行い、その交渉内容に応じて、経済補償金の額を決定していくことを検討しているとのことですが、このような方法は採るべきではないと考えます。
人員削減の実施にあたって特に準備しておいた方がよいこととしては、人事デューデリジェンス(以下「人事DD」といいます)と想定問答の作成を挙げることができます。

解説

 人員削減について、これまで5回にわたり取り上げました。本稿及び次回は、これまでに取り上げた人員削減の内容を踏まえた上で、実際に人員削減を実施する際の実務上の注意点について紹介致します。

1 人員削減実施時の実務上の4つのポイント

(1) 法令に従って実施すること
 人員削減については、主として労働契約法(以下「本法」といいます)第41条に規定されており、同条では人員削減の要件及び手続について規定していることはこれまでにもご説明したとおりです。また、本法第41条以外にも、人員削減の対象にできない者を規定した本法第42条、経済補償金について規定した本法第46条、第47条にも従う必要があり、さらには本法以外の法令(本法実施条例等)や地方法規(「使用者による法に基づく人員削減報告の実施についての上海市人力資源及び社会保障局の通知」等)にも従う必要があります。特に地方法規については見落としがちですので、注意が必要です。
 また、「法令に従って実施すること」の意味には、各法令に従う(つまり法令に違反しない)ことはもちろんのこと、法令を上回る実施(つまり法定基準を上回る待遇を従業員に与えること)についても不必要に行うべきではないことを含みます。
 
実務上、企業の中には穏便に事態を収めようとして、人員削減時に支払う経済補償金について法定基準に上乗せをした金額を支払うケースがあります。このためか、人員削減を検討している企業から、法定基準にどの程度上乗せして経済補償金を支払えばよいかとの相談をよく受けます。
 しかし、企業側が法定基準を上回る待遇を行う姿勢を見せた場合、往々にして、従業員との間でその待遇を巡って交渉、紛争になりがちです。また、当該企業がグループ会社に属する場合には、グループ内の他社が人員削減を実施する際に悪影響を及ぼす可能性もあります。よって、本法第41条で規定する人員削減の法定事由を満たすか否かが不明確であるために、合意に基づいた人員削減を実施するのが無難であるなどの特段の事情がある場合を除き、不必要に法令を上回る実施を行うべきではないと考えます。

(2) 人員削減対象者を公平に取り扱うこと
 人員削減の対象者については、法令に基づき一律に取り扱うべきであると考えます。中国では一般的に、自己の給与や待遇について従業員間で開示することに抵抗感はないため、例えば、経済補償金について特定の者だけに法定基準を上回る支払いを行えば、すぐに他の対象者がこのことを知ることになります。結果、他の対象者も同基準の経済補償金を求めてくる可能性が高く、場合によっては不公平な取り扱いを理由とした大規模な紛争に発展しかねません。
 このため、客観的、合理的に説明ができる根拠があるような場合を除き、人員削減対象者は公平に取り扱うべきであると考えます。

なお、企業の解散に伴う人員削減を実施する場合に、人員削減の実施後も、企業の解散に伴う業務の処理を行わせる従業員を確保する必要が生じるときがあります。当該従業員について経済補償金を上乗せすることは、合理的な理由に基づくものであるとも考えられますが、無用な紛争を避けるためにも、当該従業員についても他の従業員と同様の基準にて人員削減を実施していったん労働契約を終了させた後、改めて再雇用をし、企業の解散に伴う業務の処理を行わせることも検討に値します。

(3) 誠実かつ一貫した態度で臨むこと
 まず、人員削減を実施する場合、本法第41条に基づき30日前までに労働組合又は全従業員に対して状況を説明することになるところ、詳細な事項(今後のスケジュール、人選理由、経済補償金の内訳等)は別として、少なくとも人員削減の実施に至った理由については、経営責任者である総経理が従業員に直接説明し、企業として誠実な態度で人員削減に臨んでいることを示すべきであると考えます。

また、誠実な態度とともに重要なことは、企業が人員削減に一貫した態度で臨み、人員削減プランを二転三転させないことです。人員削減プランを二転三転させてしまうと、更に有利な条件を引き出せるとの誤解を従業員に与えてしまい、結果として無用な紛争を招くことになります。

(4) 十分な事前準備をすること
 人員削減を円滑に実施するためには十分な事前準備をする必要があります。ここでは特に重要な人事DDと想定問答の作成を取り上げます。

まず、人事DDについてです。人員削減に限りませんが、労働契約終了時にはそれまでの問題、不満が表面化されがちです。特に人員削減では、多くの従業員との労働契約が終了するため、これらの問題、不満を残しておけば、大規模な紛争になりかねません。このため、人事DDを行い、問題、不満の有無を確認した上で、人員削減実施前に解消できるものについては解消し、解消できないものについても、そのリスクを把握し、表面化した場合の対応策を検討しておくことが重要です。なお、人事DDを行う際には、就業規則、労働契約書等の客観的資料の確認を行うとともに、総経理等の日本人だけではなく、現場の状況をより把握している人事担当者等の現地スタッフにもヒアリングを行うべきです。

次に、想定問答の作成についてです。人員削減の実施が従業員の知るところとなると、対象者の選別理由、経済補償金の支払額、その計算根拠、解雇までのスケジュールなどについて従業員から質問が提起されます。その際、些細な質問であっても、企業側が回答できれば、従業員に対して、企業の人員削減プランが綿密であること、従業員の考えることは全て考慮済みであることを示すことができ、円滑に人員削減を実施することができます。このため、想定問答の作成についても重要であると考えます。特に従業員大会を開催する場合には、その場で多くの質問が従業員側から提起されますので、必須であるといえます。

2 本件
 まず、上述の1(1)でも言及したとおり、特段の事情がある場合を除き、不必要に法令を上回る実施を行うべきではありません。X社においても、特段の事情がない限り、法定基準を上回る経済補償金を支払うべきではないと考えます。

次に、X社は、各従業員と個別に交渉を行い、その交渉内容に応じて、経済補償金の額を決定することを検討しているとのことですが、このような方法は採るべきではないと考えます。なぜなら、上述の1(2)のとおり、各従業員に提示した経済補償金の額は、従業員間で共有されると考えた方がよく、個別の交渉では従業員の不公平感を生みやすく、また交渉内容という客観的、合理的に説明ができない根拠に基づいて経済補償金の額が異なると、低い経済補償金の額を提示された従業員から不満が出る可能性が非常に高いからです。また、上述の1(3)でも言及したとおり、企業として人員削減に一貫した態度で臨む必要があるところ、交渉内容に応じて経済補償金の額を変動させるようであれば、交渉次第で更に有利な条件を引き出せるとの誤解を従業員に与えてしまい、結果として無用な紛争を招くことになります。

最後に、人員削減の実施にあたって特に準備しておいた方がよいこととしては、人事DDと想定問答の作成を挙げることができます。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第757号)に寄稿した記事です。