第53回 出資協議書

Q日本企業X社は、中国において中国企業Y社と共同してZ社(有限責任会社)を新しく設立することを前向きに検討しています。Z社の設立に際して、X社とY社は一定額の現金を出資しますが、X社は中国の事情に精通していないため、Y社にZ社の設立手続等を依頼する予定です。
Z社の設立に際して、X社としては、何から始めればよろしいでしょうか?

AX社はY社と出資協議書を締結し、出資者間の権利義務のみならず、Z社の設立後の運営、解散清算に関する事項まで含めて事前に約定し明確化することで、X社の利益を確保し、Y社の契約違反等を抑止することが重要です。

解説

1 総論
 日本企業を含む複数の企業が中国で会社を設立する際には、出資者間で、会社の設立、出資者の権利義務、会社の組織機構等の事項について合意書を作ります。
 このような合意書は、実務上、株式会社では株主間協議書、合弁企業では合弁企業契約書と呼ばれます(以下ではこれらをまとめて「出資協議書」といいます)。
 今回は、中国投資の重要な入口となる出資協議書について説明していきます。

2 出資協議書の目的
 出資協議書の主な目的は、会社の設立過程のみならず、設立後の運営から解散清算までも想定して出資者間の権利義務を予め約定することにあります。このため、出資協議書の規定は会社の規則である会社定款の規定と重複する内容も多いです。

3 出資協議書と会社定款との違い
(1)概説
 出資協議書と会社定款は、どちらも会社を設立、運営することを目的とし、会社の名称、登録資本額、経営範囲、出資者、出資比率、出資形式、会社の組織機構等を定めます。
 しかし、出資協議書と会社定款には、例えば以下のような違いがあります。

(2)作成の要否
 ア 会社法の規定 
 会社法上の出資協議書と会社定款の違いは、作成の要否です。会社定款は、会社設立の条件の1つとなっており、会社を設立する際には、法律に従い必ず作成しなければなりません(中国会社法第11条、第23条第3号、第76条第4号)。
 一方、出資協議書は、会社法上、必ずしも作成が義務付けられておらず、有限責任会社を設立する場合には、出資協議書の作成を義務付ける規定がありません。
 これに対し、株式会社を発起設立という設立形態により設立する場合には、発起人協議書を締結し、会社の設立過程における各自の権利及び義務を明確にしなければならない(中国会社法第79条第2項)と規定されています。

イ 外商投資企業の規定
 従前の中外合弁企業においては、法令上、合弁企業契約書の作成が義務付けられ、同契約で定めるべき必要的記載事項が詳細に定められており、中外合弁企業を設立する際には、外商投資主管部門の審査手続、工商登記部門の設立登記手続のいずれにおいても合弁企業契約書の提出が要求されていました(中外合弁企業法実施条例第11条)。
 しかし、2020年1月1日の外商投資法の施行により、中外合弁企業法等の三資企業法が廃止(外商投資法第42条第1項)され、会社組織の規律は会社法に統一されることになりました。
 このため、合弁企業契約書は規定内容の自由度が増しており、また、外商投資の管理方法が審査認可制から届出制へ移行したことにより合弁企業契約書を当局へ提出する場面もなくなっていますが、実務上、日本企業が中国企業との間で合弁企業を設立する際には、必ず合弁企業契約書を作成し、合弁会社の組織機構まで含めて同契約に規定したうえで、合弁会社の会社定款にその内容を反映していくのが通常です。

(3)法的拘束力の範囲
 出資協議書と会社定款では法的拘束力の範囲が異なります
 会社定款は、会社、株主、董事、監事、高級管理職に対し法的拘束力を有します(中国会社法第11条)。
 一方、出資協議書は、出資者間の合意により形成される文書であり、契約書を締結した出資者間のみにしか法的拘束力が発生しません。
 このように出資協議書と会社定款では法的拘束力の範囲が異なり、相互の矛盾が生じる可能性が否定できませんので、実務上、出資協議書の内容に会社定款の記載事項を盛り込み、出資協議書と会社定款で矛盾が生じないようにします。なお、万が一出資協議書と会社定款に矛盾が生じた場合ですが、現在では、会社定款のみが工商登記部門で登記保管されていることから、会社定款を基準とするべきと考えられています。

4 出資協議書の規定内容 
 出資協議書の規定内容については、設立する会社の組織形態や事業内容にもよりますが、一般的に以下の内容を規定します。上記のとおり、会社定款の規定と同様の内容も多いため、特に会社定款の記載事項(中国会社法第25条第1項)に記載されていない内容について説明します。

 ①会社の基本状況(設立の背景、出資者、会社の名称、経営範囲)
 ②会社の登録資本額、出資比率、出資方式、出資期限、違約責任

 出資協議書の締結後に、出資者の財政状況が悪化し、約定どおりに出資が履行されない恐れがあり、予定どおりに出資を得られない場合には、設立する会社の事業開始の時期にも大きな影響が発生します。そのため、出資期限や期限どおりに出資を履行しなかった場合の違約責任については、明確にする必要があります。

 ③会社の組織機構
 ④会社設立における出資者の役割分担

 会社の設立には、設立登記の申請書類等の準備や、銀行口座開設、税務登記や社会保険登記等、多くの事務がありますが、この役割分担を定めることで効率的に設立手続を行うことができます。

 ⑤会社設立中の事務的な準備

 会社の設立過程で、事業の準備のために会社名義で事務を行う場合があり、その内容を定めることが重要です。例えば、設立手続、オフィスの賃借、什器・家具の購入、人員の募集等の業務や、会社の業務の準備作業等について定めることが考えられます。

 ⑥秘密保持条項

 出資者に対して開示する秘密情報について、第三者に開示することを禁止する条項です。

 ⑦競業避止条項

 出資者に対して、設立する会社と同様又は類似の業務に従事することを禁止する条項です。
 中国法では、労働者や董事、総経理、高級管理職と異なり、出資者の競業避止義務については法律の規定がないため、出資者の競業を禁止するためには合意が必要となります。

 ⑧会社を設立できなかった場合の費用負担
 ⑨解散事由、清算手続、持分譲渡
 ⑩準拠法

 従来の中外合弁企業法では、合弁企業契約書の締結、効力、解釈、履行及びその紛争の解決について、中国法を適用すると規定されていました(中外合弁企業実施条例第12条)が、上記のとおり同法は廃止されています。もっとも、新たに公布・施行された中国民法第467条第2項では、中国国内で履行される中外合弁企業契約等には中国法を適用すると規定されており、依然として中国法が適用されることになります。

 ⑪紛争解決方法

 紛争の解決方法としては、中国内外の仲裁や裁判を指定することが可能です。しかし、裁判を選択すると、中国での裁判の場合には依然として地方保護主義のリスクを払拭できず、また日本での裁判の場合には日中間で判決承認執行に関する条約が締結されていないため、日本の裁判所が下した判決を中国で執行して実現することができないという問題が発生します。そのため、中国の国際仲裁機関での仲裁を選択することが多くなっています。

5 出資協議書の重要性
 以上のように、出資協議書は、出資者間での権利義務のみならず、会社設立後の運営、解散清算まで含めて事前に約定することで、X社が将来にわたって自社の利益を確保し、Y社の契約違反等を抑止、是正する重要な手段となります。そのため、X社はY社と出資協議書を締結し、出資者間の権利義務について明確化することが重要です。

ついて、董事長に説明することも可能です。


*本記事は、一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談ください。

*本記事は、Mizuho China Weekly News(第894号)に寄稿した記事です。