第29回 フィリピンにおけるインターネットでの誹謗中傷について

皆さん、こんにちは。Poblacionです。フィリピン人は、インターネットやソーシャルメディアのヘビーユーザーです。実際、1日に6時間以上インターネットを利用し、4時間以上もソーシャルメディアを利用しているという調査結果もあります(注1)。このことからフィリピン人のインターネットにおける活動が非常に活発であることは間違いないでしょう。そこで、今回はインターネット上における誹謗中傷行為についてお話しましょう。

フィリピンで発効し、議論の対象となっている法律の1つが、2012年サイバー犯罪防止法として知られる、共和国法第10175号です。サイバー犯罪防止法は、フィリピンにおけるサイバー犯罪行為を具体的に列記し、定義し、罰則を規定した初めての法律ですが、この法律に関しては、称賛と批判の両方の声があがりました。サイバー犯罪防止法に関してもっともよく論じられる問題の1つは、「インターネット上の誹謗中傷」という犯罪を作出したと主張されることです。ネット住民達は、これを言論と表現の自由という権利を不当に制限するものと捉えました。サイバー犯罪防止法には、特に、以下の規定があります。

サイバー犯罪 — 下記行為はサイバー犯罪にあたり、本法に基づきこれを罰する:

(中略)

(4) 誹謗中傷 — コンピュータシステム又は将来考案されるその他同様の手段を用いて行なわれる、改正刑法(改正含む)第355条に定義された違法な又は禁止された行為

サイバー犯罪防止法は、2012年10月に発効することとなっていました。しかしながら、同法の様々な規定について、憲法違反であるとの確認を求める複数の訴訟が最高裁判所に提起されているため、施行が中止されていましたが、2014年2月、最高裁判所は、サイバー犯罪防止法は有効かつ合憲であると全体的に確認する判決を言い渡しました。これには、インターネット上の誹謗中傷に関する規定も含まれています(注2)。

では、以下によくあるご質問をいくつか記載していきましょう。

誹謗中傷とは?

誹謗中傷とは、それが事実か想像かにかかわらず、犯罪、悪徳又は瑕疵について公に、かつ悪意をもって非難すること、又は人を侮辱したり、人の信用に傷をつけたり、亡くなった人物の評判を落としたりするようなその他の作為、不作為、状態もしくは状況のことを言います。

実際、サイバー犯罪防止法によって「インターネット上の誹謗中傷」という新しい犯罪が作出されたのか?

そのようなことはありません。サイバー犯罪防止法の制定なくても、1932年に既に発効していたフィリピンの改正刑法(RPC)の一般規定により、誹謗中傷は既に処罰の対象でした。サイバー犯罪防止法によって規程されたは単に、犯罪行為に通信情報技術が使用された場合には、誹謗中傷に対する罰則が一段階引き上げられる、ということだけです。

インターネット上の誹謗中傷行為に対する罰則は?

インターネット上の誹謗中傷行為には、4年2ヶ月超8年以下の懲役及び/又は罰金が科せられます。(RPC上、印刷物による誹謗中傷行為に対する罰則は一段階低く、6ヶ月超4年2ヶ月以下の懲役及び/又は200ペソ以上6,000ペソ以下の罰金が科せられます。)

友達のFacebookページに「Johnは泥棒だ!」という書き込みがあった。これに「いいね!」をしたり、「そのとおり!」等とコメントしたり、これを他の友達にシェアしたりしたら、インターネット上の誹謗中傷の教唆又は幇助の責を負うことになるか?

いいえ、なりません。最高裁判所の意見では、「いいね」、「シェア」や「コメント」は通常、読み手の反射的行動であって、その行為の影響について考えることなく咄嗟に行なわれるものです。また、1つの書き込みに「いいね」、「シェア」や「コメント」が何百も、時には何千も集まることがあるため、そのようなリアクションをした人達全員を訴追することは不可能です。さらに、Facebookの友達やTwitterのフォロワーのうちの誰が、誹謗中傷となる書き込みをしたという理由で処罰されるべきか、誰も判断することはできません。最高裁判所は最終的に、「いいね」、「シェア」や「コメント」でリアクションした人々を潜在的誹謗中傷の書き込みということで処罰することは、言論と表現の自由の権利の行使に対する「萎縮効果」を生じるだけである、と判断しました。

当然ながら、コメントが最初の書き込みに対するリアクションに留まらず、新たな名誉毀損の発言もある場合(例えば、「そのとおり!Johnは、妻子に暴力もふるっている!」とコメントした場合)には、そのコメントをした人はその発言について誹謗中傷の責めを負う可能性があります。

新聞で「Johnは泥棒だ!」という情報が発表された後に、自分のFacebookページに同じ記事の書き込みを行なった場合、誹謗中傷に関する2つの訴因について罪を問われることになるか?

いいえ、なりません。印刷物に掲載した誹謗中傷の情報をインターネット上に書き込んだ場合、またその逆の場合であっても、同じ情報が別個の2つの誹謗中傷行為とみなされることはありません。

フィリピン国外にいるフィリピン人ジャーナリストが名誉毀損となる情報を公表した場合、フィリピンの裁判所にはこの事件に対する管轄権があるか?

サイバー犯罪防止法の規定により、以下の場合における法律違反については、フィリピンの地方裁判所が管轄権を有します。
(a) フィリピン国籍を有する者が違反行為を犯した場合(違反行為の場所は問わない)
(b) 違反行為の要素のいずれかが、フィリピン国内で行なわれた場合
(c) フィリピン国内にその全体又は一部が所在するコンピュータシステムを利用して、犯罪行為の何らかの要素が行なわれた場合
(d) 誹謗中傷行為が行なわれたときに、犯罪行為の対象となった者がフィリピン国内に所在していた場合

よって、書き込んだ人物が海外に居住していたとしても、その人物がフィリピン国籍を有する者であったり、誹謗中傷行為が行われた時点でその対象者がフィリピン国内に所在していた場合には、フィリピンの裁判所がその事件に対する管轄権を有することになります。ただし、ここで言っているのは違反の行為に対する管轄権であることにご留意ください。刑事事件の訴追には、被疑者(すなわち、書き込んだ人物)の逮捕又は裁判所への任意出廷により、裁判所が対人管轄権も得る必要があります。

誹謗中傷事件はどこに訴えればよいか?

サイバー犯罪防止法には、インターネット上の誹謗中傷事件の訴訟地に関する具体的な規定はありません。よって、RPCの一般規定が適用されると考えられます。RPCに基づき、誹謗中傷事件は、以下の場所に対する管轄権を有する裁判所に提起する必要があります。

(a) 告訴人が民間人である場合、その居住場所
(b) 告訴人が公務員である場合、その事務所を構える場所
(c) 名誉毀損の発言が印刷され、最初に公表された場所(告訴人の立場は問わない)

ただし、サイバー犯罪防止法の制定前に判決が下された事件において、誰かによって名誉毀損となる発言が最初に掲載され、公表された場所は、誰かがその発言に他の場所からアクセスしたとしても、そのアクセスされたとみなされる場所は最初にその発言が公表された場所ということにはならない、という判断が最高裁判所によって下されています。
そうしなければ、告訴人が、単に被疑者にとって不利な事件を起こすことを目的として、フィリピン国内の遠く離れた地域まで行き、そこでインターネットにアクセスし、その地域の裁判所に誹謗中傷事件を提起することも可能になってしまうからです。名誉毀損の発言がインターネット上で行なわれた場合には、上記に記載した裁判地の選択肢のうち、(c)は選択できません。なぜなら、名誉毀損の発言が印刷物に掲載され、最初に公表された場所を判断する方法がないからです。

注1:出典:Kemp, S.著「Digital, Social & Mobile Worldwide in 2015」。2015年6月29日にhttp://wearesocial.net/blog/2015/01/digital-social-mobile-worldwide-2015/ から入手。

注2:サイバー犯罪防止法の以下に挙げる3つの規定は、最高裁判所により無効とされました − (1) 未承諾の商業通信の掲載を罰する規定、(2) トラフィックデータのリアルタイムの収集又は記録を認める規定、及び (3) 疑わしいデータへのアクセスを司法省が禁止又は阻止することを認める規定。


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。