第55回 競業避止条項の有効性

皆さん、こんにちは。Poblacionです。私の友人の中には、僅か2、3年のサイクルで転職した人(中には複数回)が何人かいます。彼らは主に、IT業界やBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)業界の人達です。念のために申し添えますと、解雇されたからとか、何か重大なミスを犯したからというわけではなくて、特殊な技能を備えているため、より良い雇用条件で顧客や、時には競合企業からヘッドハンティングされていたのです。

労働者の「転職」が増えてきたことから、雇用契約や就労契約中に制限的な誓約を盛り込むことが、フィリピンの多くの企業で慣行となってきています。そうした制限的誓約として最も一般的なのは、おそらく競業避止条項でしょう。競業避止条項とは、ある人(通常は従業員)が、会社と競合する活動や事業に従事したり、競合他社と関連性をもったり、競合他社で働くのを禁止する条項です。競業避止条項の主な目的は、従業員が雇用の過程でアクセスする会社の営業秘密や戦略や秘密情報が、その従業員と競合他社によって不正に使用され活用されるのを防ぐことです。

競業避止条項の条件が合理的なものである限り、裁判所によって有効とみなされ執行されるでしょう。一方、競業避止条項が、従業員の再就職の可能性を不当に阻害し、不合理に取引を制約するものである場合は、公序に反するものとして、裁判所によって無効とされるでしょう。

では、どのような場合に競業避止条項が合理的(不合理)ということになるのでしょうか?

「合理性」とは、基本的に事実の問題であり、事例毎に評価されます。競業避止条項の合理性の判断においては以下の要素を考慮すべきである、と最高裁判所は結論付けています。

(a) 制限が会社の正当な事業上の利益を保護するものであるか
(b) 制限が従業員に不当な負担を課すものであるか
(c) 制限が公共の利益を阻害するものであるか
(d) 競業避止条項に含まれている時間的及び地域的限定が合理的なものであるか
(e) 公序という観点から見て、制限が合理的なものであるか

最高裁判所が判断を下した事件で評価された競業避止条項の例を以下にいくつか挙げます。

競業避止条項

有効/無効

雇用契約終了後5年間、フィリピン国内の事業や職業に就くことを禁止。 無効 制限には、時間的及び地理的限定はあるものの、業界については限定がありませんでした。このような制限を認めることは、従業員がフィリピン国内で5年間生計を立てられないようにすることに等しいとされました(Ferrazzini対 Gsell事件)。
1年間、雇用主の事業と類似する事業に携わることを禁止。 この種の条項は、通常執行可能です。

ただし、ある事件で裁判所は、関連する状況に照らし、この種の制限を無効としました。その事件では、雇用主の事業は多岐にわたっていましたが、従業員はそのうちの1部門(アバカ繊維事業)に配属されていたに過ぎませんでした。この場合、アバカ繊維と無関係の事業でも雇用主が行なっている事業であれば、従業員はその事業の職に就くことを実質的に妨げられてしまいます。裁判所は、そのような制限は広範過ぎる、と判断しました(G. Martini, Ltd. 対 Glaiserman事件)。

雇用主又はその相続人がドラッグストアの経営を続けている限り、あるいはこの種の事業に利害関係を有している限り、雇用主のドラッグストア事業から半径4マイル以内にドラッグストアを開業したり、所有したり、ドラッグストアで雇用されたりすることの禁止。 有効 明らかなこととして、制限には期間の定めがありません。それにもかかわらず裁判所は、この制限を合理的で公序に反しないものと判断しました。制限に場所の限定(雇用主の店舗から4マイル以内)と時間の限定(雇用主又はその相続人がドラッグストアを維持している間)があることから、有効とされました((Del Castillo対Richmond事件)。
雇用終了から1年間、会社の事業と競合する活動に直接又は間接に従事することの禁止。 有効 労働者が、会社の事業と競合しない他の事業に従事することや、会社と競合しない別の会社と関係性を有することが、制限によって禁止されてはいません。1年間の禁止というのも合理的と判断されました(Consulta対Court of Appeals)。
離職から2年間、会社と同じ事業又は業界に携わることの禁止。 有効 制限には、時間の限定(2年)及び事業の限定(会社と同じ事業)があります。ある事件において裁判所は、従業員が上級役員であり、会社の秘密情報にあたる営業戦略に通じていたことも考慮しました。離職後すぐに競合する事業に携わることを認めれば、会社の営業秘密が危機に晒されることになる、とされました(Tiu 対 Platinum Plans Phils., Inc.)。

上記からお分かり頂けるとおり、雇用契約に競業避止条項を盛り込む場合には、時間、場所及び事業の面から見て課される制限が合理的なものでなければなりません。たとえば、食品製造業を営んでいながら、元従業員が食品関連以外の事業(IT事業、自動車部品製造業等)を行なったり、食品関連の事業をしていない会社に雇われたりすることを妨げることはできません。また、元従業員が同様の事業を立ち上げたり、他の食品会社に就職したりすることを、永久に禁止することもできません。繰り返しますが、競業避止条項は、永久的に効果があったり、全範囲に及ぶものであったり、あらゆる種類の営業活動を含むものであったりしてはなりません。従業員の就職を現実に不可能にするような制限は無効とみなされ、フィリピンの裁判所によって執行されることはありませんのでご留意下さい。


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。