第56回 肥満は解雇の理由になる?

皆さん、こんにちは。Poblacionです。私はマニラに住んでいた頃から、大の日本食好きでした。特に好きだったのは、お寿司と日本式のビーフステーキです(どちらも、フィリピンではとても高いです!)。東京に引っ越してくることになり、「本物の」日本料理を味わったり、これまで知らなかった日本料理に出会ったりできることに、私はわくわくしました。日本に来てから私のお気に入りのメニューに加わったのは、鍋料理、お好み焼き(広島風の方が私の好みです)、甘くてもちもちとした和菓子などです。ただ、1つだけ残念なことと言えば、このように美味しい日本料理のおかげで体重が増えてしまったことでしょうか…。至るところで美味しい食べ物が見つかる日本で体重を管理するのは、まさに至難の業です…。

こんなふうに食べ物の話をしていて思い出すのは、フィリピンの最高裁判所が判決を下した、大変興味深い労働訴訟です。この事件で裁判所に問いかけられたちょっと変わった問題とは、雇用主は、従業員が太りすぎているからという理由で解雇することができるか?という点です。

この事件の当事者であるY氏は、航空会社に勤務する国際線の客室乗務員でした。Y氏は、身長約173 cmでがっしりした体格の人物でした。会社の客室乗務員管理マニュアルによれば、Y氏には約75キロという理想体重の維持が求められていました。

Y氏の雇用期間中、彼の体重は何度も問題になりました。会社は数回にわたりY氏に対して、休暇を取得して理想体重まで減量するよう要請し、Y氏が求められた体重になると、職場への復帰が認められました。しかし、1989年には、Y氏の体重はもはや約95キロとなり、理想体重を約20キロも超過していました。そこで、会社はポリシーに従い、Y氏はフライト勤務から外され、体重を落とすよう再度要請しました。このように、会社は幾度も減量を要請したにもかかわらず、Y氏は元の体型に戻ることができませんでした。1992年になっても、体重計が示す数字は約93キロで、依然として理想体重をオーバーしていました。1993年、とうとう、会社は懲戒手続を経た上で、理想体重を達成することができないことを理由に、Y氏を解雇しました。

Y氏はこの解雇に異議を申し立てました。体重超過だけを理由とした会社による解雇は認められない、というのがその主な主張でした。しかし、裁判所は、会社に有利な判決を下し、客室乗務員の雇用条件として特定の体重の維持を義務付けることには、正当な理由であるという判断を示しました。

裁判所はまず、職場での差別は原則として許されないという点を明確にしました。特定の仕事における雇用を、特定の性別、宗教、国籍又は特徴(体重など)の人に限定してはなりません。その例外として、雇用主は、「誠実な職業上の基準」を満たすよう従業員に要求することはできます。ただしこれは、要求される基準が、従業員による適切な職務の遂行に合理的に必要な場合に限られます。

これに関して最高裁判所は、会社及び客室乗務員が、旅客を安全に輸送するという職務を全うする上で、体重の基準を設けることは合理的である、と判断しました。客室乗務員の仕事は、食事を出したり旅客の要望に応じたりすることだけではありません。客室乗務員にとって最も重要な仕事とは、緊急事態発生時に旅客の安全を守ることです。ドアを開けるのに必要な力と、狭苦しい作業環境の中で旅客の世話をする敏捷性と、過酷なフライトスケジュールによる疲労にも耐える体力とを備えた客室乗務員が航空機で職務を全うするためには必要です。

客室乗務員の肥満による最も大きな問題とは、緊急事態発生時に機体から避難する旅客の邪魔になる可能性があることです。オーバーした体重により動きが妨げられ、狭い通路を太った客室乗務員がふさいでいるだけで、避難に時間がかかってしまうこともあるでしょう。緊急事態発生時、客室乗務員には、分単位ではなく秒単位の対応が求められますから、状況はさらに深刻です。3秒の遅れが3名の命を失うことにもなりかねないのです。

理想体重の基準を満たすことは、客室乗務員が職を確保する上で、継続的な条件と言えます。したがって、客室乗務員が理想体重を達成できなくなった時には、その客室乗務員を解雇することが可能です。フィリピンの労働法上、肥満自体は解雇理由になりませんが、Y氏が会社の体重基準の違反に陥った状況は、雇用主の命令に故意に従わなかったのと「同等である」とみなされました。雇用主の命令に故意に従わなければ、法律上の解雇理由となります。その結果、裁判所は、Y氏の解雇は有効であると結論付けました。しかし、人道上/衡平法上の理由から、Y氏に退職手当を支給することが会社に命じられました。

明確にしておきますと、上記事件は珍しい(フィリピン弁護士の間で使われる用語で言うと「sui generis(特有の)」)例です。(体重制限などの)差別的条件を雇用条件として課すことは認められない、という原則に変わりはありませんが、今回の例のように、ごく稀に、雇用主は、体重の基準に従うよう従業員に要求することができます。ただしこれは、雇用主の事業又は従業員の職務と何らかの合理的関係性がある場合に限られます。実際、体重や体型が職務の遂行において重要な役割を果たすこともあります。例えば、騎手は体重が軽くなければいけません。そうでなければ、馬が速く走れないからです。警備員やジムのインストラクターにも、その職務を適切に遂行するための身体的健康が期待されます。これに対し、通常のデスクワーク担当の従業員に体重制限を課すこと(ましてや、体重オーバーを理由に解雇すること)には、合理的正当性があるとはいえません。

一定の体重を維持するよう求めること(又は、維持していないことを理由にあなたを解雇すること)が、雇用主に認められるか認められないかにかかわらず、体型を維持した方がよいことには変わりません。体型の維持は、効率性を向上させることから仕事上有益なだけではなく、あなたの健康や健全な暮らし全般にとっても良いことだからです。


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。