第71回 雇用関係を断ちきる

皆さんこんにちは、Poblacionです。前回のフィリピン大統領選の前には、何名もの政府高官がそれぞれの理由で大統領に辞任を申し出、この動きは大統領選が終わるまで続きました。これは、新政権樹立時、フィリピン政府の役人が「儀礼的辞任届」を提出するのが一つの慣行になっているためです。政府の要職に自分が信頼する人物を任命する自由裁量を新大統領に与えたいという理由から、このようなことが行われています。

今回は、辞任に関連する話題として、フィリピン労働法に基づき民間セクターに適用される退職規定について、お話しましょう。

有効な退職届の基本的要件

従業員は、理由にかかわらず(特に理由がなくても)希望退職日の1ヶ月以上前又は雇用契約に定められたそれより早い時期に、雇用者に書面で通知することにより、任意退職することができます。退職する従業員は、通知後も、仕事を後任者に引き継いで自分の責任を全うすることが期待されています。一方、雇用者は、従業員の最後の給与支給、(もしあれば)給付及び会社の現行ポリシーに従った準備をします。

従業員が通知を怠った場合、損害賠償責任を負わされる可能性があります。ただし、雇用者に自動的に損害賠償請求権が与えられるわけではありません。従業員が通知期間を守らなかったからといって、これだけを理由に雇用者が直ちに従業員の給与や給付を没収することはできません。従業員に対する損害賠償請求を決めた雇用者は、適切な法的手続を開始し、自分が権利を主張する損害額を証明しなければなりません。

1ヶ月前の通知義務には例外もあります。たとえば、1ヶ月という通知期間について雇用者が権利放棄し、従業員の守るべき通知期間をより短くすることもできます。また、労働法上、従業員が以下事由のいずれかに基づき退職する場合は、書面による通知を一切行わず直ちに退職することができます。

・従業員の名誉又は人格に対する重大な侮辱
・非人道的で耐え難い従業員の待遇
・従業員又はその近親者に対する犯罪行為
・上記に類するその他事由

フィリピンでは、雇用者に宛てた権利放棄書に、退職する従業員の署名を求めることが、(必要とまではされていませんが)一般的慣行になっています。権利放棄書とは通常、従業員が宣誓の下、自らの退職が任意によるものであったこと、自分に支払われるべき報酬及び給付金を全て受領済みであること、並びに自分の雇用に関連する全ての責任から雇用者を解放することを宣言するものです。任意に署名された権利放棄書は、従業員が後に不当解雇を訴える訴訟を雇用者に対して提起した場合、特に有用となります。

退職金の権利は?

原則として、退職する従業員に退職金の給付を受ける権利はありません。ただし例外として、雇用契約、団体協約又は会社の現行ポリシーに規程がある場合、従業員に退職金が給付されることもあります。

退職の撤回

従業員は、雇用者が退職届を受理する前であれば、退職を撤回することができます。しかし、雇用者によって一度受理されてしまうと、退職届の効力が生じ、雇用者の同意がない限り従業員が退職届を取り下げることは、もはやできません。

退職した従業員が、元雇用者による再雇用を希望した場合はどうなるでしょうか。退職した従業員に法規定によって雇用上の優遇措置が与えられることはありません。退職した従業員が職を取り戻すには、あらためてその職に応募する必要があります。以前の職位に直ちに就けるよう要求することもできません。実際、応募を断るのも、従業員を別の職位や以前より低い職位に配属するのも、雇用者の自由です。

雇用者が元従業員を再雇用した場合、その従業員は新規に雇用されたとみなされます。すなわち、白紙の状態で雇用され、(雇用者が特権を与えるほど寛大でない限り)過去の在職期間が斟酌されることはありません。

「退職強要」、すなわち強制的退職

退職が有効となる上で最も重要な要素は、「任意」であることです。従って、従業員が雇用者から退職を強制されたに過ぎない場合や、過酷で厳しく不当な労働条件により従業員には退職以外の選択肢が残されていないという状況で退職となった場合、退職は有効になされたものとはみなされません。そのような場合、雇用者は「退職強要」行為をしたとみなされますが、かかる行為は違法です。退職強要行為をしたと判断された雇用者は、不当解雇事件の場合と同様に責任を問われます。すなわち、その雇用者には、従業員を以前の職位に復職させ(あるいは、復職に代えて退職手当を支払い)、未払賃金を支給する義務があります。

フィリピン労働法には、日本とは異なる点も多々ありますので、就労の際はご留意下さい。


*本記事は、フィリピン法務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。フィリピン法務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。