被用者の競業禁止義務

台湾高等裁判所台南支所における、2013年4 月9日に2012年度上易字第280号判決によれば、雇用主と被用者間で、被用者が離職後一定期間において同一又は類似の業務に従事してはならないことを約定することができるが、この種の競業禁止条項については、制限の範囲が明確でなければならず、その内容が合理的で必要性を有しなければならないほか、さらにこの制限により被用者に生じる損害につき合理的な補填がなされてはじめて、有効であるとされた。

本件の概要は次の通りである。

甲を雇用主、乙を被用者として、2011年6月に労働契約が締結された。当該契約の中で、「乙は離職後一年間、A県及びB県で『自然、物理、化学、生物』等の教授行為に従事し、又は自己(もしくは他者)の名義で学習塾を開設してはならない。違反した場合、乙は50万新台湾ドルを甲に賠償しなければならない」と規定された。しかし、乙は離職後すぐに別の学習塾で教師を務めたため、甲は、乙は競業禁止条項に違反しており違約金を支払わなければならないと主張した。これに対し、乙は、競業禁止条項は労働権を著しく侵害しており、台湾の憲法に違反しているため無効とすべきであり、また乙は甲の教材を使用したり盗作したりしておらず、甲の学生を引き抜いているわけでもないので、甲に損害を与えてもいないと主張した。

裁判所は審理後、次のように判断した。

被用者が離職後一定期間において同一又は類似の業務に従事してはならないことを雇用主、被用者が事前に協議の上約定することは、競業禁止の期間・内容が合理的である場合には、憲法における労働権の保障に反していない。しかし、この種の競業禁止条項については、制限の範囲が明確でなければならず、その内容が合理的で必要性を有しなければならないほか、さらにこの制限により被用者に生じる損害につき合理的な補填がなされてはじめて有効であると考えられる。

本件において、乙は甲の学習塾で教師を務めており、甲の資源を利用して学生を流出させる可能性があるため、適度な競業禁止義務を規定する必要があり、また競業禁止の区域はA県及びB県のみに限られており、全面的に乙の労働権を制限・剥奪するものではないため、競業禁止の内容は合理的である。

しかし、甲は、離職後一年間A県及びB県で類似の業務に従事してはならないと乙に要求する以上、少なくとも、競業禁止により乙に生じる損害を補填しなければならないが、本件の競業禁止条項にはいかなる補填の措置もないため、当該条項は効力を生じず、甲の敗訴と判決する。

実務上、台湾の裁判所は被用者保護の立場をとることがよくあるため、今後も被用者の競業禁止義務に関する争いにおいて、本判決と同様の判決がなされる可能性がある。そのため、本判決は、労働契約締結の際の参考となり得る。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修