労働者の「賃金」

台北地方裁判所が2014年6月13日に下した2014年度簡字第87号行政訴訟判決によれば、「賃金」とは、労働者が労働により取得する報酬であり、労働者が労務を提供して雇用主から取得する対価をいい、また、「労務対価性」及び「給付経常性」を有しており、給付の名称の如何は問わないとされた。

本件紛争の概要は以下の通りである。
甲は乙社の従業員であったが、離職の際、労働部労働者保険局(以下「保険局」という)に対し、乙は労働者定年退職金条例第14条第1項(即ち、雇用主が毎月負担する労働者定年退職金の積立率は労働者の毎月の賃金の6%を下回ってはならない)等の規定を遵守していないと告発した。

保険局の調査の結果、甲の給与は2011年及び2012年に変更されていたが、乙は変更後の給与に基づく甲の定年退職金の積み立てを行っていなかったうえ、甲の食費、交通費、時間外労働手当等の給付を賃金として扱っておらず、甲、乙間の雇用契約に記載されている月給(即ち基本給)のみにより、積み立てるべき定年退職金を計算していたことが判明した。

そこで、保険局は労働者定年退職金条例第52条の規定に基づき、乙に対し5000 台湾元の過料を科した。
これに対し、乙は食費、交通費、時間外労働手当等は甲の給与ではないと主張し、まず、異議申立てにより保険局の過料処分に対し不服を申し立て、さらに、保険局を被告として行政訴訟を提起して、保険局の過料処分の取り消しを請求した。

裁判所は審理の上、乙の全面敗訴の判決を下した。主な理由は以下の通りである。

  1. 労働基準法第2条第3号には、「賃金とは、労働者が労働により取得する報酬をいい、賃金及び給料のほか、労働した時間数、日数、月数、及び出来高によって算定され、現金又は現物等をもって支給される賞与、手当並びにその他名称の如何を問わない経常的給付を含む」と規定されている。よって、「賃金」とは労働者が労働により取得する報酬であり、労働者が労務を提供して雇用主から取得する対価をいい、また「賃金」は、「労務対価性」及び「給付経常性」を有しているが、ある給付が「経常的給付」であるかを判断するときには、支給時の「名目」を基準とするのではなく、その実質的な内容によって決定しなければならない。
  2. 乙が甲に支給する食費、交通費、時間外労働手当等は、各項目の実質的な内容を見ると、労働により取得する報酬の性質を有しており、かつ金額は固定で、毎月支給されており、明らかに経常的給付に該当するため、賃金に該当する。

従って、乙は甲の定年退職金を積み立てる場合、当然に、当該食費、交通費、時間外労働手当等を賃金として、積み立てるべき定年退職金を計算しなければならない。

実務においては、乙のように雇用主が労働者の基本給のみを計算基準として、労働者の定年退職金の積み立てが行われるケースも少なからず見受けられるが、労働者が離職する際、この事実を当局に告発することが多いため、雇用主は特に注意しなければならない。


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【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修