雇用契約作成時の注意すべきポイント

日本企業から依頼を受け、台湾法に合致する雇用契約書を作成することがよくある。また、雇用契約に関する紛争事件を手がけることもしばしばある。その際、競業禁止及び秘密保持について問題となることがある。そこで、この点について、弊所で手がけた過去の事例を使って説明する。なお、本事例において、直接、競業禁止及び秘密保持が問題となったのは相手方である台湾企業であるが、競業禁止及び秘密保持について有用であるため、これを引用する。

台湾企業A社は商社であり、その主な業務は、日本企業B社などの外国の顧客の委託を受け、外国の顧客が必要とする部品、製品を台湾メーカーから購入し、当該部品、製品を外国の顧客に販売し、そこからマージンを得るというものである。

台湾人甲はA社の従業員であり、その主な業務内容は、B社からA社への注文書の処理、台湾メーカーとの間の連絡、及び、B社への見積りなどであった。甲は2013年初頭にA社を離職し、半年後、B社の社長に誘われてB社に入社した。14年初頭、B社は、台湾メーカーからの部品、製品の購入にあたりA社を経由せず、自ら台湾メーカーから購入することを決定した。

その中で、A社は、甲が離職後にB社に入社したことはA社との雇用契約における競業避止条項に違反していると考えた。またA社は、甲がA社における台湾メーカーからの購入価格を漏らしたため、B社はA社の仕入コストを把握し、そのためA社との取引の中止を決定したと考え、甲が雇用契約における秘密保持条項にも違反しているとも考えた。そこでA社は、甲が雇用契約における競業避止条項及び秘密保持条項に違反したとして、甲に対し、損害賠償を請求した。

上記事件については、第一審、第二審のどちらにおいてもA社は敗訴し、裁判は確定している。この事件で、甲が雇用契約における競業避止条項及び秘密保持条項に違反していないと裁判所が認定した主な理由は以下のとおりである。

  1. 台湾の判例によれば、雇用主が競業避止期間中、従業員に一定の金額の補償金を支払うことは、競業避止条項を有効とする要件の一つである。本件では、A社と甲の間には競業避止の合意はあるものの、A社は甲にいかなる補償金も支払ったことがないため、当該競業避止条項は無効である。
  2. 台湾の営業秘密法第2条によれば、いわゆる「営業秘密」とは、「秘密性(当該種類の情報にかかわる一般の者が知らない情報であること)、「経済価値を有すること(その秘密性により実際の又は潜在的な経済価値を有すること)」及び「秘密保持措置があること(当該情報につき適切な保護措置が講じられていること)」という要件を備えてはじめて、法律で保護される営業秘密となる。本件では、B社にはそもそも台湾メーカーから見積もりを取得するルート及び能力があり、また台湾メーカーもB社に直接見積もりをしたことがあるため、A社の台湾メーカーからの仕入価格は法律で保護される営業秘密ではない。

以上の事例を踏まえて、雇用契約書の作成時には以下の点に特に注意が必要である。

  1. 競業避止条項では、一定の補償金を明確に規定しなければならない。なお、労働部が15年9月に公布した「労使双方による離職後の競業避止条項締結についての参考原則」によれば、補償金は離職従業員の従来の給与の50%に達していなければならず、達しない場合、競業避止条項は無効となるとされている。
  2. 秘密保持条項で規定する秘密保持すべき情報の中に、営業秘密法第2条に規定する「営業秘密」が含まれる場合には、当該秘密が営業秘密法第2条に規定する「営業秘密」であることを明記する。但し、上記3要件が充たされていない場合には、「営業秘密」に該当しないと解される可能性がある。

*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は、当事務所にご相談ください。

【執筆担当弁護士】

弁護士 黒田健二 弁護士 尾上由紀 台湾弁護士 蘇逸修