第15回 102条2項及び3項の損害の算定についての知財高裁大合議判決(炭酸パック化粧料事件:知高判令元.6.7)

1.特許権侵害に基づく損害賠償請求においては、不法行為に基づく損害賠償請求であることから、本来は、特許権者(専用実施権者等も含むが、以下「特許権者」という)が、自己の損害を立証する必要がある(民法709条)。しかしながら、特許法上、特許権者の立証責任の負担を軽減するために、大要、以下の損害額の推定規定が定められている(特許法102条)。なお、平成31年5月17日に公布された改正特許法で102条について一部改正がなされているが、本稿では改正法については取り上げない。

特許法102条
1項:侵害者が譲渡した侵害品の数量に、特許権者の実施品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を損害額とすることができる。
2項:特許権の侵害行為により侵害者が受けた利益の額を損害額と推定する。
3項:実施料相当額を損害額とする。

2.知財高裁は、令和元年6月7日、特許法102条2項及び3項の損害額の算定に関して、いわゆる大合議判決(以下「本判決」という)を言い渡した。本判決においては、(1)特許法102条2項については、(ア)「侵害行為により侵害者が受けた利益の額」の意味、(イ)損害額の推定を覆す事情(推定覆滅事由)の具体的内容等について判示し、また、(2)同条3項については、(ア)「実施料相当額」の算定方法と、(イ)実施料率の考え方について判示したので、本稿にて紹介する。

(1)特許法102条2項について
(ア) 「侵害行為により侵害者が受けた利益の額」について、本判決では、「同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべき」と判示し、さらに、「利益」については、「侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべき」と判示した。控除すべき「経費」の具体例としては、「控除すべき経費は、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものをいい、例えば、侵害品についての原材料費、仕入費用、運送費等がこれに当たる。これに対し、例えば、管理部門の人件費や交通・通信費等は、通常、侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費には当たらない。」と判示している。
(イ)「推定覆滅事由」については、「侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たる」と判示したうえで、具体例として、「①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情」が推定覆滅事由にあたるとした。さらに、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができる」としつつ、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である」と判示した。

(2)特許法102条3項について
(ア)「実施料相当額」の算定方法については、本判決は、「損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべき」と判示した。
(イ)実施料率の考え方について、本判決は、「損害の算定に当たっては、必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく、特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、むしろ、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべき」と判示し、具体的な実施料率を決定するにあたっての考慮事項について、「①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や、それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ、②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性、他のものによる代替可能性、③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様、④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して、合理的な料率を定めるべき」と判示している。具体的な当てはめにおいて、本判決は、上記①に関し、「本件訴訟において本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は現れていないところ、本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が、国内企業のアンケート結果では5.3%で、司法決定では6.1%であること及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること」と認定している。

3.本判決の上記判示事項は、いずれも従前から学説や裁判例で言及されている事項が中心であり、格別の真新しさはないともいえる。しかしながら、ビジネスを考えるうえで重要な事項を判示しているということを踏まえる必要がある。

(1)特許法102条2項に関し、本判決は、「利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額である」とし、「利益」は「限界利益」としている。これは、部品に関する発明であっても、当該発明を実施した部品が組み込まれた完成品が侵害している場合には、完成品全体で得た「限界利益」が損害額と推定されるということである。これは部品メーカが特許保証や免責補償(indemnification)等をしている場合、最大限のリスクとしては、「完成品全体」の「限界利益」になるということを意味している。もちろん、本判決は、「特許発明が侵害品の部分のみに実施されている」ときは、「推定覆滅の事情として考慮することができる」としているが、その主張立証責任は侵害者であるし、部品であることから当然に推定覆滅事由となるわけではなく、「特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮」するとしているので、これらを侵害者側が主張立証する必要があり、これに失敗すると原則どおり、「完成品全体」の「限界利益」という大きなリスクを負うこととなる。

(2)特許法102条3項についても、「損害は、原則として、侵害品の売上高を基準とし、そこに、実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。」と判示して、侵害品が基準となることを明記しているので、侵害者の立場としては、やはり部品に関する発明であっても、完成品全体が基準となりうるというリスクがある。
他方で、特許権者としては、実際の実施許諾契約の実施料率を主張立証できない場合、本判決で用いられた、株式会社帝国データバンク作成に係る「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~(平成22年3月)」を証拠として提出することも考えられる。また、自社の特許権についての紛争で和解契約を締結する場合、解決金(和解金)の算定基準を契約書に記載しておく(例えば、前文などを活用するのでも良い)ということも重要であろう。

(参考)
知高判令元.6.7(知的財産高等裁判所ホームページ)


*本記事は、法律に関連する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者

パートナー弁護士 吉村 誠