第18回 ライセンシーの地位の対抗について

一般的に知的財産権には万人に対して主張可能な独占的排他権という性質があるが、ライセンス契約に基づき設定される知的財産権の実施権、使用権又は利用権(専用実施権及び専用使用権は除く。以下同様。)は、本来的に契約の相手方に対してのみ主張可能な相対的権利である。

そのため、ライセンス設定後にライセンスの対象となっている知的財産権が譲渡等により第三者に移転した場合、当該第三者はライセンシーに対して当該知的財産権に基づき権利主張可能であるのに対し、ライセンシーは当該第三者に対してライセンス契約に基づき権利主張し得ないという事態が起こり得る。この場合、ライセンシーは、当該第三者から知的財産権侵害を理由に差止請求や損害賠償請求を受けるリスクがある。

しかし、これではライセンシーの地位があまりに不安定であり、知的財産権の利活用促進の見地からも不都合であると考えられることから、法律上、ライセンシーの保護が図られている。これに関し、日本の商標法、特許法及び著作権法に絞って、以下概略を述べる。

 

1. 商標法

商標権者は、自己の商標権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる(差止請求権・商標法36条)。また、商標権者は、故意又は過失により自己の商標権を侵害した者に対し、民法の不法行為に基づき損害賠償を請求可能である(損害額の推定に関し商標法38条、過失推定につき同法39条の準用する特許法103条)。

他方、ライセンス契約に基づき設定された通常使用権は、本来的には当該契約の相手方(ライセンサー)に対してのみ主張可能である。

そのため、ライセンス設定後にライセンスの対象となっている商標権が譲渡等により第三者に移転した場合、ライセンシーは、当該第三者から商標権侵害を理由に差止請求や損害賠償請求を受けるリスクがある。

これに関し、商標法上、特許庁の登録原簿に登録された通常使用権については上記のような第三者に対しても主張可能とする登録対抗制度が採用されている(同法31 条 4 項)。

従って、ライセンシーは、自己の通常使用権につき登録を具備することにより、上記リスクを回避することができる。

もっとも、この登録は、原則として登録権利者(通常はライセンシー)と登録義務者(通常は商標権者)の共同申請が必要であるため、商標権者の協力が必要である。

 

2. 特許法

 特許権者は、自己の特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる(差止請求権・特許法100条)。また、特許権者は、故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対し、民法の不法行為に基づき損害賠償を請求可能である(損害額の推定に関し特許法102条、過失推定につき同法103条)。

他方、ライセンス契約に基づき設定された通常実施権は、本来的には当該契約の相手方(ライセンサー)に対してのみ主張可能である。

そのため、ライセンス設定後にライセンスの対象となっている特許権が譲渡等により第三者に移転した場合、ライセンシーは不安定な法的地位に立たされる。

これに関し、平成23年特許法改正(施行日は平成24年4月1日)により、通常実施権はその発生後にその特許権を取得した者に対してその効力を有するという当然対抗制度が導入されている(同法99条。なお、上記改正以前は、商標法と同様に登録対抗制度が採用されていた。)。

これにより、ライセンシーは、登録を要さず自己の通常実施権を上記のような第三者に主張することが可能となり、当該第三者から差止請求や損害賠償請求を受けるリスクは解消された(但し、ライセンス契約の存在・内容を立証できることは必要である。)。

ただ、特許権取得者に通常実施権を当然に対抗できるということは、ライセンス契約が特許権取得者に当然承継されることを必ずしも意味しない。

契約上の地位移転は免責的債務引受を伴うから相手方の同意が必要であるという民法上の一般論を貫徹するのであれば当然承継は否定すべきという結論となるが、ライセンサーの義務の没個性的性格を重視して当然承継を肯定する余地もないわけではない(判例・学説はいまだ固まっていないようである。)。

いずれにせよ、ライセンス契約の当然承継が保証されていないことは確かであるから、実務上は、権利関係明確化の見地から、特許権の譲渡人、譲受人及びライセンシーの三者間で新たな契約関係を合意・形成することが推奨される。

なお、特許権の譲受人がライセンシーに実施料請求するには、ライセンス契約が当然承継されるか否かを問わず、一般の指名債権譲渡の対抗要件(民法467条)を具備する必要がある。

 

3. 著作権法

著作権者は、自己の著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる(差止請求権・著作権法112条)。また、著作権者は、故意又は過失により自己の著作権を侵害した者に対し、民法の不法行為に基づき損害賠償を請求可能である(損害額の推定に関し著作権法114条。なお、同法には過失推定規定は設けられていない)。

他方、ライセンス契約に基づき設定された利用権は、本来的には当該契約の相手方(ライセンサー)に対してのみ主張可能である。

そのため、ライセンス設定後にライセンスの対象となっている著作権が譲渡等により第三者に移転した場合、ライセンシーは不安定な法的地位に立たされる。

これに関し、令和2年著作権法改正(施行日は令和2年10月1日)により、著作権者等から許諾を受けて著作物等を利用する権利について、その著作権等を譲り受けた者その他の第三者に対抗するという当然対抗制度が導入された(改正後著作権法63条の2)。

そして、この当然対抗制度は、上記施行日の前日において現に存在する利用権についても、上記施行日後に著作権等を取得した者その他第三者との関係において適用される(附則8条)。

これにより、ライセンシーは、ライセンス契約に基づく利用権を上記のような第三者に主張することが可能となり、当該第三者から差止請求や損害賠償請求を受けるリスクは解消された(但し、ライセンス契約の存在・内容を立証できることは必要である。)。

なお、上記改正著作権法においても、特許権法の当然対抗制度と同様、ライセンス契約の当然承継を認めるべきか否か議論が分かれると思われる。特許法について述べたのと同様、実務上は、著作権の譲渡人、譲受人及びライセンシーの三者間で新たな契約関係を合意・形成することが推奨される。


*本記事は、法律に関連する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者

弁護士 池上 慶