第479回 司法実務における「謝罪強制」の変遷

台湾の民法第195条第1項の後段において「その名誉が侵害された場合、名誉回復のための適切な処分を請求することもできる」と規定されていることから、これまでの司法実務では「謝罪強制」(つまり、新聞やSNSなどにおいて謝罪の意を公然と示すよう加害者に要求すること)が行われてきました。

2007年に、週刊誌事業者らが「謝罪強制」は言論の自由に反するものであるとして憲法解釈を申請したことがありましたが、釈字第656号解釈により、「謝罪強制」は加害者が自分を辱めるなど人間の尊厳を傷つけることがなければ違憲ではないとの判断がなされました。

2022年に、メディア事業者らが同じ問題に関して再度申請を行いましたが、当時の憲法法廷は2022年憲判字第2号判決(以下「本判決」といいます)をもって、第656号解釈の結論を変更し、「謝罪強制」は違憲だと判断しました。また、「名誉回復のための適切な処分」には裁判所が判決をもって加害者に謝罪を命じることは含まれていないと説明しました。

言論の自由を制限

本判決により、「『謝罪強制』は憲法の保障する言論の自由を制限するものであり、言論の自由には沈黙の自由も含まれている。また、加害者が報道機関の場合には報道の自由への干渉となる可能性があり、加害者が自然人の場合には思想の自由への干渉となる可能性がある。

以上三つの自由は、すべて民主社会における相当重要な自由であるため、これらを制限する手段については厳格な基準により審査する必要がある」との判断がなされました。

制限する手段について、本判決では、「被害者の名誉を十分に回復することができるとともに、侵害が小さい適切な処分(例えば合理的な範囲で、加害者が費用を負担し、事実を明らかにすることについての表明の掲載、被害者が勝訴判決を得たことについての広告の掲載、または判決書の全部もしくは一部の新聞への掲載といった手段)を裁判所は使用したほうがよい」としています。

謝罪について、本判決では、「裁判所は加害者に対し謝罪するよう働きかけを行うことができ、加害者が自分に非があることを認めた場合、裁判所が強制せずとも、誠実に謝罪を行う可能性がある。

反対に、裁判所が判決をもって加害者に謝罪を命じ、また、被害者が加害者の名義で直接に謝罪公告を掲載したうえで、加害者が費用を負担することを認めると、これは実質的に、加害者の名義で加害者の自主性に反する言論を行うことを被害者に認めることにほかならない。

本人の心からの謝罪ではなければ、被害者にとっても無意味である」としています。

以上をまとめると、台湾で長い間行われてきた「謝罪強制」は2022年をもって行われなくなっており、本判決が下されたことにより、「名誉回復のための適切な処分」のほとんどが、加害者が新聞やSNSなどにおいて被害者の勝訴を公表することや事実を明らかにすることへと変更されています。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 鄭惟駿

陽明大学生命科学学部卒業後、台湾企業で特許技術者として特許出願業務に従事した後、行政院原子能委員会核能研究所での勤務を経験。弁護士資格取得後、台湾の法律事務所で研修弁護士として知的財産訴訟業務に携わる。一橋大学国際企業戦略研究科を修了後、2017年より黒田法律事務所にて弁護士として活躍中。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。