第482回 債権回収のために債務者の物を留置できるか?

民法第928条第1項は「留置権とは、債権者がその債権の発生と牽連関係を有する他人の動産を占有している場合において、債権が弁済期になっても弁済を受けられていないときに、当該動産を留置できる権利をいう」と規定している一方、刑法第335条第1項は「自己または第三者の不法な所有を図る目的で、自己の所持する他人の物を横領した場合、5年以下の有期懲役、拘留もしくは3万台湾元以下の罰金に処し、またはこれを併科する。」と規定しています。

業務上横領罪は成立するか?

裁判実務上、債権回収の委任関係において、委任者が報酬を受任者に支払わなかったため、委任者が担保として差し入れた約束手形を受任者が委任者に返還しなかったところ、約束手形を留置する受任者の行為は業務上横領罪に該当すると委任者が訴えたという事件が発生したことがあります。

裁判所は調査を経て、双方の間には委任関係および報酬に関する約定が確かに存在していること、委任者が報酬を支払っていないことについても確認し、「業務上横領罪の成立は、業務遂行上、他人の物を所持することを前提とし、先に行為者が適法に他人の物を所持し、所持状態の継続中に、無断で処分した場合、またはその本来の所持の意思を不法所有の意思に変更した場合にはじめて成立することができ、所持する物の返還が滞っている、または他の原因で一時的に返還できないというだけでは、主観的要件が欠けており、つまり、横領の意図はない。受任者の約束手形留置行為は無罪と認定する」との判断を行いました。

以上をまとめると、上記約束手形留置行為は、民法第928条第1項に定められた要件を満たしており、所持の意思を所有の意思に変更しようという意図も存在しないため、横領罪には該当しません。

もっとも、「占有する動産は債権との間に牽連関係がある」ということが要件の一つとなっているため、本件において、受任者が本件委任関係と関係ない動産を占有する場合、裁判所が異なる判断を行う可能性があります。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 鄭惟駿

陽明大学生命科学学部卒業後、台湾企業で特許技術者として特許出願業務に従事した後、行政院原子能委員会核能研究所での勤務を経験。弁護士資格取得後、台湾の法律事務所で研修弁護士として知的財産訴訟業務に携わる。一橋大学国際企業戦略研究科を修了後、2017年より黒田法律事務所にて弁護士として活躍中。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。