第70回 物価の上昇による事情変更の原則

契約当事者は契約を締結した後、契約を遵守しなければならないが、契約締結後、締結当時に予測できなかった事情が生じ、契約の内容をそのまま履行すれば明らかに公平を欠く場合、当事者は、給付の増加若しくは減少又は法律効果の変更を裁判所に申し立てることができる(民法第227の2条)。これは事情変更の原則と呼ばれている。

事情変更の原則に関連して、物価上昇による契約代金の増額請求の可否が問題となった、最高裁判所2014年台上字第1110号判決がある。

本件の概要は以下の通りである。

原告A、B、C及びDの4社は工事請負のため、被告E社主催の競争入札に参加して落札し、Eと工事請負契約を締結した。その後、契約期間内に、予期せず材料価格が大幅に上昇したことから、原告らは被告に対し、上昇分の調整のための支払いを求めるべく、訴えを提起した。

裁判所は審理の上、以下の通り判断した。

第一審の台北地方裁判所2010年建字第241号判決及び第二審の台湾高等裁判所2011年建上第142号判決は以下の理由をもって、原告ら(第二審は控訴人)の請求を退けた。

1.契約締結の時点において、工事材料の価格はすでに一度に大幅に上昇し、また行政院も 物価調整の規則を公表していた。さらに、原告らは営繕工事の分野においては有名な会社であり、相当な知識、経験、能力等を有していたことから、契約締結後の材料価格の上昇は予測できたはずである。 そのため、(民法第227の2条の)「契約締結当時に予測できなかった」という要件を充たさない。

2.原告ら及び被告間の工事請負契約において、「工事用機具、設備、材料、臨時施設又はその他設備、人力、搬送、消耗品、原料(金属を含む)、及びその他の契約に従い執行、仕事を完成させるための必要な物品又は役務の建築又は仕入れ(これに限らない)にかかる価格又はコストの変更に従った、契約代金の調整又は増額は行わない」と規定されており、契約自由の原則及び他の競争入札に参加した会社に対する公平性からすれば、民法第227の2条の事情変更の原則を適用することはできない。

原告ら(控訴人、上告人)は第二審の判決を不服として、上告した。

第三審の最高裁判所2014年台上字第1110号判決は、次の通り判断した。

民法第227の2条に定める事情変更の原則の趣旨は、契約成立後に契約締結当時に予測できない事情が生じたときに、裁判所の裁量によって、契約当事者間のリスク及び予測できない損失を公平的に配分することもある。

原告ら及び被告間の工事請負契約には「工事用機具、設備、材料、臨時施設又はその他設備、人力、搬送、消耗品、原料(金属を含む)、及びその他の契約に従い執行、仕事を完成させるための必要な物品又は役務の建築又は仕入れ(これに限らない)にかかる価格又はコストの変更に従った、契約代金の調整又は増額は行わない」という規定があるが、当該規定が適用されるのは、通常且つ合理的な範囲内のリスクのみに限られており、合理的な範囲を超えた予測不能なリスクには、当該条項は適用されず、事情変更の原則を適用することができる。

契約締結当時に当事者双方に予測できなかった物価上昇事情が生じ、契約締結当時の材料の価格とその後の材料の価格には重大な変更があり、当該変更が通常且つ合理的な予測範囲を超えた場合、上告人が物価の調整を請求できないと(第二審が)判断したことには疑いの余地がある。

以上の理由により、最高裁判所は原審(第二審)の判決を破棄し、事件を台湾高等裁判所に差し戻した。

たとえ、契約において物価上昇による契約代金の変更が禁止されていても、民法第227の2条の事情変更の原則により、事後に契約代金が変更される場合があることに注意が必要である。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。