第78回 定年退職金における平均賃金の算定基準

台湾においては、従来の退職金制度(2005年6月30日以前に雇用され、かつ、従来の退職金制度の継続を選択した労働者に適用される)によれば、労働者が定年退職した際、使用者は当該労働者に対し、以下の基準で定年退職金を支給しなければならないとされている(労働基準法53条、55条)。

  1. 勤続15年までについては、1年につき平均賃金2か月分を支給する。
  2. 15年を超過する部分については、1年につき平均賃金1か月分を支給し、最高で45か月分までとする。

なお、この平均賃金とは、退職日の前の6か月の間に当該労働者の取得した賃金の総額を、当該6か月間の総日数で除した金額をいう(労働基準法2条4号)が、平均賃金の算定方法に関連して、労働者の「取得した賃金」の解釈が問題になった事件がある。

本件の概要は以下の通りである。

原告Xは被告Y社に雇用され、11年2月1日にYを定年退職したが、Xの退職金を算定する際の平均賃金は、退職日である11年2月1日の前の6か月の間に、Xに対し「実際に支払われた賃金」の総額または「支払われるべき賃金」の総額のいずれを、6か月間の総日数で除した金額をいうかが争いになった。

Xの賃金は、(i)月々支払われる基本給7万台湾元及び(ii)毎月の出来高に応じて一定期間ごとに支給される出来高ボーナスからなっていた。

10年8月〜11年1月の6か月間分の出来高ボーナス(それぞれ6万台湾元、11万台湾元、19万台湾元、19万台湾元、19万台湾元、及び0台湾元。実際の支給日は10年11月14日(10年8月分及び9月分)、11年1月25日(10年10月分、11月分及び12月分))を賃金の総額として算入したことは争いにならなかったが、Xは、10年4月から7月までの4か月間分の出来高ボーナス(それぞれ37万台湾元、18万台湾元、11万台湾元、及び8万台湾元、実際の支給日は10年8月14日(10年4月分、5月分及び6月分)、10年11月14日(10年7月分))についても、退職日以前6か月間に実際に支払われた賃金であることを理由に、賃金の総額に算入すべきと主張し、争いになった。

13年1月17日台湾高等裁判所101年度労上字第57号判決は、以下の通り判示し、一審判決(12年4月27日台湾新竹地方裁判所101年度労訴字第2号)を維持し、Xの主張を認めなかった。

1. 平均賃金とは、それを算定すべき事由が発生した日の前の6か月の間に、労働者が「取得した『賃金請求権』の賃金総額」を、当該6か月間の総日数で除した金額を指すが、賃金の実際の支給日を基準としてはならない。労働者に対し「実際に支払われた賃金」の総額を、6か月間の総日数で除した金額をいうとすると、雇用契約に基づき、賃金債権が既に発生しているにもかかわらず、使用者が実際に支払われた賃金の総額を意図的に増減することによって、不公平が生じかねない。

2. Xの10年4月から7月までの4か月間分の出来高ボーナスは、当該期間中の労働の対価として使用者Yが労働者Xに支払うものであり、実際には10年8月及び11月に支払われたとしても、Xの退職日11年2月1日の前の6か月の間に「支払われるべき賃金」には当たらず、平均賃金を算定するための賃金の総額に算入すべきではない。

上記の通り、従来の退職金制度における定年退職金を算定するための「平均賃金」とは、「実際に支払われた」賃金の総額ではなく、「支払われるべき賃金」の総額を、退職日の前の6か月の間の総日数で除した金額をいうことに注意する必要がある。


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執筆者紹介

弁護士 尾上 由紀

早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。