第99回 支払督促の確定判決、效力がなくなる

5月末、立法院の初審で民事訴訟法における「支払督促」に関する重大な改正が可決された。改正後の条文によれば、支払督促は強制執行手続きを行う執行力のみを有し、確定判決の既判力がなくなる。

受領後20日超で督促命令確定

現行の民事訴訟法第508条第1項には「債権者の請求が、金銭またはその他の代替物または有価証券の一定数量の給付を目的とする場合、支払督促手続きに基づき支払督促を発するよう裁判所に申し立てることができる」と定められている。「支払督促」とは、簡単に説明すると、債権者が裁判所に申し立てを行い、裁判所が金銭または財産の支払いを債権者に命じることをいう。

例えば、乙(債務者)が甲(債権者)に100万台湾元の借金があるがその返済を拒んでいる場合、甲は乙の借用書などを基に裁判所に支払督促を申し立てることができ、裁判所はこれを認めた後、乙に対して「乙は甲に対して100万元を支払わなければならない」という内容を記載した文書命令を送付する。

また、民事訴訟法第521条第1項には「債務者が支払督促に対して法定期間内に合法的に異議を申し立てない場合、支払督促と確定判決は同一の効力を有する」と定められている。これを言い換えると、上記の例において、乙が支払督促を受領した後、法定期間(20日以内)に裁判所に異議を申し立てなかった場合、その支払督促は裁判所の確定判決と同一の効力(既判力)を有することとなり、甲はその支払督促を基に乙の財産を差し押さえ、また競売にかけることができる。乙がこれを不服としても「再審請求」しか提起できず、再審請求は法律上極めて厳格な制限があるため、実務において再審請求の成功率は1パーセントに満たない。

罪のない市民に債務も

本来、「支払督促」制度は、債権者が簡単な手続きを利用して、言い争いの余地がない債務(例えばクレジットカード代金、家賃など)に対して時間のかかる訴訟手続きを省略して、迅速に強制執行手続きを進めることを立法の目的としている。ところが実務において、「一般市民が支払督促を受領したが、外で滞納している債務がないと自分で思い込み、詐欺グループが送ってきた偽の命令であると誤解して異議を申し出なかった」、「父親が幼い未成年の子供の名義で勝手に借金をし、債権者が支払督促によりその幼児に弁済を求めたが、その幼児は幼いため異議について知らない」などのケースが多く発生しており、支払督促に確定判決の効力が生じ、罪のない一般市民が数百万元の債務を負ってしまう状況が起きている。

異議申し立ての要件緩和へ

これらの状況から、改正後の新法では、現行法の「異議申し立てのない支払督促については、確定判決と同一の效力を有する」という部分を「異議申し立てのない支払督促については、執行力のみを有する」に改正する。改正前は債務者が不服である場合、要件が極めて厳格な「再審請求」しか提起できなかったのに対し、改正後では債務者は要件が比較的緩やかな「債権不存在確認」の確認訴訟を提起して債権者の債権を否定することができる。

裁判所の審理速度に悪影響の恐れ

統計では、現在の実務上、支払督促を発する件数は訴訟件数の約3倍であるが、法律の改正後、支払督促の法的効力が大幅に減少するため、多くの債権者は支払督促を申し立てず直接に提訴することが予想される。そのため、裁判所の業務量が爆発的に増え、現在も迅速とはいえない事件の審理速度がさらに悪化するのではないかと弊所は考える。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに寄稿した連載記事です。