第148回 使用者が妊娠中の従業員を解雇する場合の証明責任

使用者が従業員の性別に基づき従業員に不利な処分をしたか否かについては、従業員側からは証拠を示すことが困難なため、従業員は差別待遇を受けた事実を疎明し、おおむね確からしいという程度の心証を処分機関に抱かせるだけでよく、ほかの証明責任は使用者が負うということが、台北高等行政裁判所により2016年4月20日付16年度訴字第1431号判決によって指摘された。

本件の概要は以下の通りである。

甲はA社の従業員であり、職務内容はウェブデザインであった。甲は14年9月に台北市政府労働局に「A社は14年6月下旬に甲が妊娠中であることを知った後、勤務成績に文句をつけ始め、同年8月に甲の職務遂行能力不足を理由とし、労動基準法第11条第5号(以下の事由の一つに該当する場合でなければ、使用者は労働者に対し労働契約の解除を予告してはならない。5、労働者が担当職務において確かに不適任である場合)の規定によって甲を解雇した。よって、A社は明らかに妊婦を差別した上で甲に不利な処分をしている」と訴えた。台北市政府は、調査を経て甲の訴えを認めたため、A社が男女雇用平等法第11条第1項の規定に違反しているとしてA社に10万台湾元の過料を科した。A社は台北市政府の当該処分を不服として行政不服申し立てを提起したが棄却され、その後、台北市政府を被告とし、行政訴訟を提起して当該処分の取り消しを要求した。

雇用者に証明責任

裁判所は審理を経て、次の理由に基づき、A社敗訴の判決を下した。すなわち、男女雇用平等法第11条第1項では「使用者は、被用者の定年退職、予告解雇、自己都合退職、および無予告解雇について、性別または性的指向により差別待遇をしてはならない」と規定されている。さらに、同法第38条の1第1項により、使用者が第11条第1項の規定に違反する場合、10万元以上50万元以下の過料が科される。

男女雇用平等法第31条では「使用者は、被用者または採用応募者が差別待遇を受けた事実を疎明した後、差別待遇が性別、性的指向の要素によらないこと、または当該被用者もしくは採用応募者が従事する業務における特定の性別の要素について、証明責任を負わなければならない」と規定されている。これは、性別による差別の事例はいつも特別性を持つということである。労資の間の地位の不均等のため、性差別に係る紛争の証拠はほとんどが使用者の人事管理資料に属し、従業員は手に入れにくいことにより、優位な地位を占める使用者に重い証明責任が課せられることになる。換言すれば、従業員は事実を疎明し、妊娠を理由として不利な待遇を受けたことを処分機関におおむね信じさせるだけでよく、ほかの証明責任は使用者が負う。

本件では、甲は既に妊娠後にA社に解雇された事実を具体的に疎明しているので、A社が証拠を示して「甲が妊娠したからではなく、甲の職務遂行能力が確かに不足していることを理由として解雇した」ことを証明すべきであるが、A社は証明に足る証拠を提出していないので、甲の訴えの内容は認められる。

台湾の裁判所は、使用者が妊娠中の従業員に対し不利な処分をした際、当該従業員に有利な判決を下す可能性が高い。企業にとって特に注意すべきところである。


*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は当事務所にご相談下さい。

執筆者紹介

台湾弁護士 蘇 逸修

国立台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、台湾法務部調査局へ入局。数年間にわたり、尾行、捜索などの危険な犯罪調査の任務を経て台湾の 板橋地方検察庁において検察官の職を務める。犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などで検事としての業務経験を積む。専門知識の提供だけではなく、情熱や サービス精神を備え顧客の立場になって考えることのできる弁護士を目指している。

(本記事は、ワイズコンサルティング(威志企管顧問(股)公司)のWEBページ向けに執筆した連載記事を転載しております。)